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【中の人不定期コラム】vol.8 幸せな原作、不幸せな原作(「海賊とよばれた男」と「3月のライオン」に思うこと)

映画「海賊とよばれた男」が公開されている。お客さんの入りはどうなのだろう。私の回りでは「観た」という人がいないし、話題にも出ないので様子がわからない。
昨年、初めてこの映画の予告編を見たときには驚いた。「あれ、あっれー??」という感じで、確認のために二回観てしまった。

冒頭でどーんと「380万部 大ベストセラー映画化」「本屋大賞受賞作」と謳いながら、原作者の名前が最後まで表示されない。言うまでもなく、原作者は百田尚樹さんだ。

「ああ、彼の名前を前面に出さないほうがいいという判断で予告編に出さなかったのだろう」と思った。しかしもし本当にそうならば、あの温厚な百田先生(ここ、笑うところです)でもさすがに怒るだろうと思ったら、案の定、こんなツイートをしていた。

このあと東宝の人が「予告編の構成上、たまたま入れなかっただけ」と火消しをしていたけれど、まあ、確かに東宝はあまり原作者を前面に出さないような気もする。人気、話題性ともに絶頂だった「永遠の0」のときでさえ、出し方としてはこんな感じだ。

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映画「永遠の0」予告編よりキャプチャ(矢印は私が入れたもの)

逆にアスミックエースなど出版社と縁の深い映画会社は原作者を立てている。もちろん作家のバリューや出版社が制作委員会に入っている(=出資している)かどうか、ということも関係しているのだろう。

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映画「船を編む」予告編よりキャプチャ

出版の世界では作家は絶対的存在だ。しかし著作が「原作」となって映画やテレビの世界に行くと、そこには監督やプロデューサーという別の絶対的存在がいる。「原作」は映像作品の重要なパーツだが、極論すれば、あくまでひとつのパーツだ。
映画制作は出版の世界と違って、関わる人の数も動くお金の桁も違う。映画が「当たる」ためにネガ要素となる可能性があるのなら原作者すら最後には切り捨てるということなのだろうか。

そんなこと考えていたら、年末には万城目学さんの衝撃的な出来事があった。どう考えても彼の世界観、彼の原作と思える映画が、実は違うという(この件、ご存じない方はここにまとめられています)。こういった映像化にまつわるトラブルは時々見かける。

多分、出版界には万城目学さんをこんなふうに扱う人はいない。出版界と映画界の、この温度差。出版界側の視点、さらに言えば原作者側の視点から眺めていると、こういったことが度々ある(具体名を出してしまうと「海猿」とか「テルマエ・ロマエ」の件など)。

百田尚樹さんが自作を「絶版に」とツイートしたのは(意識してなのか、無意識になのか)自分を排除した映画関係者に向けられたものではなく出版界に向けられている。穿った見方をすれば、映画界に対峙して原作者の立場を守らない(守って欲しい)出版界に向けられたものであるように思える。

最近、アニメ業界を描いたアニメ作品(声優をヒロインにした作品など)では、ストーリーの中で、作中で描かれる映像作品の原作者(大抵はラノベ作家)が、なぜかdisられるシーンを見かける。アニメ制作者側の本音が透けているようで、ギャグだったとしてもあまりいい気分にならない。なぜ、ああいうシーンを入れるのだろう。

原作ファンにとって、原作を愛している人たちが映像化してくれることが理想だ。もちろん、現実にはそうそう、そういう訳にもいかない。

しかし今、間違いなく原作をリスペクトしている人たちが作っている映像作品がある。NHKで放送されているアニメ「3月のライオン」がそれだ。原作は羽海野チカさん。「ハチミツとクローバー」に続く、彼女の長編第二作目。プロ棋士の世界を描いたこの作品は、まだ未完だが、本当に心揺さぶられる傑作と言っていい。

アニメのストーリーは原作に忠実に(というか、ほぼ原作通り)作られており、尚且つ、コマとコマの間で原作には描かれてはいないけれど、間違いなくここでこのキャラはこういう行動をした、こういう表情をした、こういう心の動きをしただろう、という映像が作られている。原作を深く理解していなければこういう絵は描けない。声優のキャスティングもいい。

監督の新房昭之さんは常に原作者をリスペクトする監督だと思う。アニメ化にあたって、新房監督とシャフト(制作会社)の起用は羽海野チカさんの強い希望だったそうだ。羽海野チカさんは新房監督作品のファンで、お互いにリスペクトする間柄だからこその、この作品なのだと思う。

来月には実写版の映画「3月のライオン」が公開される。監督は大友啓史さん。実写版「るろうに剣心」を撮った監督だ。主演は神木隆之介さん。うんうん、主人公の桐山零のイメージに近い。脇を固めるキャラたちもいい。島田八段役の佐々木蔵之介さん、林田先生役の高橋一生さんなど「今、この役を演るならこの人しかいない」と思えるマッチングだ。アニメに続いて、こちらも観るのが楽しみだ。

私は「本」の側の人間だから、メディアミックスでは「原作」がちゃんと幸せになって欲しいと思う。もちろん元からの原作ファンも、映像作品をきっかけに原作ファンになってくれた人にも幸せになって欲しいのだ。

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映画「3月のライオン」予告編よりキャプチャ

映画「海賊とよばれた男」WEBサイト
アニメ「3月のライオン」WEBサイト
映画「3月のライオン」WEBサイト

タイトル画像はアニメ「3月のライオン」WEBサイトより

(2017.02.14)

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