(画像は「駅乃みちか」facebookページより。これがオリジナルキャラ)
先日、東京メトロの公式キャラクター「駅乃みちか」が巷で話題になった。
「萌えキャラになったんだって!」
「スカートが透けているみたいに見える!」
そんな感じの情報が飛び交っていた。調べてみたらなんのことはない。
公式キャラクターが変更されたわけではなく、トミーテックの「鉄道むすめ」シリーズとのコラボで登場した「駅乃みちか」の話だった(トミーテックは玩具メーカのタカラトミーの関連会社で「鉄道むすめ」はそこのキャラクターコンテンツシリーズだ)。
J-CASTニュースのこの記事がYahooニュースに載ったので騒ぎが広がったようだ。
「駅乃みちか」スケスケスカートが大物議 東京メトロ、批判受け微妙に「修正」
(こちらの記事で”スケスケスカート”修正前・修正後の絵柄が見られる)
確かに修正前のスカート部分の表現はちょっとエグイが、トミーテックの「鉄道むすめ」はもとからこんな雰囲気のビジュアルで、すでに10年以上前から展開されているコンテンツ群だ。スカートの表現も過去に似たようなものがある。
J-CASTニュースのタイトルはあざとい。まるで東京メトロ公式キャラクターの絵柄が「萌え絵」に変更になったかのように、タイトルだけ見ると誤読する。わざとやっているならうんざりするし、もしこのイラストの背景を記者がよくわかっていないまま書いているのなら、それもうんざりだ。
要点を書くと、この件の実態は
・東京メトロの公式キャラクター「駅乃みちか」が萌えキャラに変更されたわけではない。
・あくまで二次創作的コラボとして「鉄道むすめ」シリーズに「駅乃みちか」の萌えキャラが登場した。
・それを公式キャラクターが変更されたと誤読した人が騒いでいる。
・萌えキャラのイラストが駅の案内板などに登場するわけではない。
こういう事情にもかかわらず、「公共交通機関のキャラとしていかがなものか」という声がネットを飛び交った。やれやれ。おかげで駅乃みちか自身(オリジナル)もお詫びするはめに。
すでにこの出来事が鎮静化した今日(10月27日)になっても、下の記事は「萌え化してリニューアルされることとなり」「公共機関が採用するのはふさわしくないのではないかといった意見もあった」と書いている。いや、違うんだってばw
駅乃みちか、東急マナーCM、私鉄二社が相次いで炎上(WEDGE Infinity)
柴田英里さんのこのブログエントリに書かれている「ゾーニングされていた萌えキャラを引っ張り出して炎上させる」という部分に同感なのだが、最近こういうケースをよく目撃する。「それ」を受け入れる人たちの「ゾーン」で創作され、消費され、楽しまれていたものを、わざわざゾーンの外の人が見つけてきて(引っぱり出して)叩こうというのはどうしてなのだろう、と思う。萌えキャラに限らない、ありとあらゆる「表現」でそういうケースを見かける。叩くものを探し回っているとしか思えない。気が滅入る。
しかしこの件は、図らずも「東京メトロの公式キャラクターが本当に萌え絵に変更されたら騒ぎになっていた」ということが事前にわかったとともに、いくつかの考察点を提示した。たとえば、どうして今回この萌えキャラが「ゾーンの外側」で騒ぎになったのか、という点だ。
それは「駅乃みちか」という名前だったから。
「鉄道むすめ」のキャラクター紹介を見てもらえばわかるが、他の鉄道各社のキャラは「鉄道むすめ」のために創作されたもので、その名前は路線名や駅名を由来としたものになっている(たとえば伊豆箱根鉄道の修善寺まきのとか)。しかし「駅乃みちか」は、すでに東京メトロのオリジナルキャラクターとして使用されている名前だ。だから紐付けされて、「ゾーンの外側」に引っぱり出され、誤読をされ、騒ぎになった。もしこれが「駅園まどか」という名前で「駅乃みちかのいとこ」という設定くらいにしておけば騒ぎにならなかっただろう。
でもサザエさんの親戚テイストのキャラが、そのまま同じ名前で萌えキャラになるほうがタイアップとしては面白いと思うし、そうしないと「コラボ」とは謳いにくいし、だから実際そういう展開になったのだろう。そこに隙というか読み違えがあった。そのことをアドバイスできる人はいなかったのか。
と、こんなことを考えていたら、松田奈緒子さんの『重版出来!』第六巻に出てくる校閲専門会社のエピソードを思い出した。
このエピソードに登場する校閲専門会社は、本の原稿の校閲だけではなく、ポスターや広告の校閲も請け負う。つまり広告などの表現が「今の世の中に受け入れられるかどうか」の校閲も請け負うというのだ。
ストーリーの中で、とあるファッションビルのポスターが炎上する(女性に不快感を与える時代錯誤的な表現があった)。それを見た校閲専門会社の社長がつぶやく。
「校閲者は情報リテラシーを日々更新している」
物事の意味や価値は変化する。ひとつの事象が起きた時、昔も今も常に同じ結果、反応になるとは限らない。昨日OKだったものが明日にはNGになることもある。それを「校閲」する。うん、仕事としては成立しそうだ。
実際にこういう校閲を請け負う会社はあるのだろうか。『重版出来!』に登場する校閲専門会社は鴎来堂さんをモデルにしているが、鴎来堂さんのWEBサイトの「事業内容」に、そういったことは書かれていない。作者の松田奈緒子さんが鴎来堂さんを取材をする中で聞いた「これからの校閲専門会社の仕事」というような話だったのだろうか。
アニメや萌えキャラで町おこしが成功したのを見て「じゃあウチも」と萌えキャラを作って炎上した観光地もあるし、他の鉄道会社でも炎上騒ぎがあった(具体例を挙げるのは控える)。逆の意味で「ゾーニングを見誤った」としか思えないようなイラストを見るに「それはちょっと無理がありますよ」と声をかけたくなる。
萌えキャラに限らず、世に出す前に「事前に誰か注意してあげる人はいなかったのか?」というような目を覆いたくなる企業(や自治体や様々な団体)のアウトプットは沢山ある。
企業の炎上対策として「炎上後にいかに早く鎮静化させるか」という危機管理コンサルのような人や企業は時々見聞きする。もちろん、炎上しないように予防するというコンサルも業務メニューには含まれているだろう。しかしそちら(=事前予防)を専門にする企業はまだ聞いたことがない。そこを「校閲専門会社」が担ったら面白い。いや、もしかしたら最適マッチングかも。
但し、人、そして人の集合体である「企業」は、「起こらなかったこと=未然に防いだこと」を評価するのが不得手だ。その辺りのお金の話がハードルになるだろうなぁ。
今週の「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」では校閲の仕事を「人のあら探しばっかりしている仕事」なんていうセリフがあったが、いやいや、とんでもない。地味でもあら探しでもない。校閲って情報リテラシーの最先端のお仕事なんですよ! と「駅乃みちか」の騒ぎから巡り巡って思い至った。実際、世のニーズはあるんじゃなかろうか。
(2016.10.27)
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