アニメ版『舟を編む』が先週から始まった。毎週木曜日24:55からフジテレビの『ノイタミナ』枠。「ノイタミナ」らしい(ならではの)作品チョイスだと思う。原作は言うまでもなく、三浦しをんさんの本屋大賞を受賞したベストセラー小説だ。
『舟を編む』とは、「言葉の海を渡るための船、辞書」、その『舟を編む』人たち、という意味のタイトル。『大渡海』と名付けられた新しい辞書の編纂作業を軸とした物語だ。
主人公はうだつの上がらない営業部員だが、辞書編集部の定年間際のベテラン編集者にすぐれた言語感覚を見込まれ、自身の後継者として社内ヘッドハンティングされる。
主人公はベテラン編集者にいきなり「君は『右』を説明しろと言われたらどうする?」と問いかけられる。辞書編集者としての適性チェックだ。「方向としての『右』ですか、それとも思想としての?」と確認した後に、主人公は「方向としての『右』」を「揺らぎのないもの」を起点に定義してみせる。
原作でも、実写版映画でもさらりと描かれたこのシーン(実写版映画では予告編にも使われている)を、アニメ版は印象深いシーンとして描く。主人公のキャラクターと才能、これから描かれるであろうストーリー、この作品が伝えようとしている世界観が観る人に伝わるいいシーンだ。第一話の「つかみ」としても抜群だ。声優さんの芝居もいい。第二話が楽しみになる。見終わった後、本棚の片隅にある辞書をぱらぱらと捲ってみたくなった。
雑誌連載時の挿絵(光文社の『CLASSY.』に連載。その後の単行本、文庫本の装画や帯も)を描いているのは、最近では「昭和元禄落語心中」が人気のマンガ家・雲田はるこさん。アニメのキャラクター原案も彼女による。雲田はるこさんの描く男性キャラクターはどれも色っぽい。BL作品でデビューしたマンガ家さんならでは、というところか。主人公はもとより、中年編集者、辞書の監修者であるループタイをした地味な老齢の言語学者ですら、そこはかとない色気がある。
一点だけ、不満というか、このあとに期待したいのは「言葉の海」のビジュアル表現だ。言葉の海に溺れるように、タイポグラフィが画面一杯に広がる表現。文字を効果的に使うビジュアル表現は好きだが(「エヴァンゲリオン」然り、西尾維新さんの一連のアニメ化作品然り。そういえば前回書いたドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」でもそんな表現がある)、まだ想像を超えた、見たことのないような表現はない。「言葉の海」を表現したハッとするようなビジュアルを観てみたい。
実は原作未読だったので、アニメの放送に合わせて読み始めた。やや余談だが、読む前にアマゾンでいくつかの書評を読んだ。これくらい売れた本だと、ネガティブな書評もそれなりに書かれている。私はそういったネガティブコメントを読む。一定の評価を得た作品にも関わらず、ネガティブコメントに「薄っぺらい」とか「浅い」とか書かれている本は、大抵の場合、私にとって「当たり」だ。読みやすく面白い作品に巡り会うことができる。半ばまで読み進んだところだが、私のこの法則は今回も「当たり」だ。
(2016.10.17)
光文社「舟を編む」特設サイト
TVアニメ「舟を編む」オフィシャルサイト
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